2022.01.24

英国大使館主催のデジタルヘルスイベントから読み解く最新デジタルヘルス事情(前編)

 皆様こんにちは。COVID-19の第5波のあと、しばらく小康状態が続きましたので、皆様、比較的穏やかな年末年始をお過ごしになられたのではないかと思います。しかし、今度はオミクロンですね。。。海外に目を向けても依然として厳しい状況が続いている地域も見られます。日本も感染者数が急増しまだまだ予断を許さない状況といえます。海外に眼を移せばといえば、昨年11月、英国大使館・英国総領事館 国際通商部・株式会社デジタルガレージ主催により「英国デジタルヘルス・バーチャル通商ミッション」という名前のWebイベントがあり、英国のデジタルヘルス企業がいくつか紹介されました。国内でもDxは一大キーワードとしてすっかり定着しました。ヘルスケア領域でのDx、“ヘルスケアDx”や“デジタルヘルス”という言葉もあちこちで聞かれるようになり、大いに注目度が高まっています。しかしながら、実際は、デジタルヘルスそのものを皆様自らが触れる機会はそこまでないのではないでしょうか。また、その実態について皆様はどこまでご存知でしょうか。私自身も注目はしているものの、まだまだ本格的な普及はこれからの領域と認識しています。このブログでは当該イベントで紹介された英国デジタルヘルス・スタートアップのご紹介から、デジタルヘルスの近況をご共有したいと思います。
 なお、英国のデジタルヘルスに関して、規制当局の取り組み等については株式会社MICINが運営しているDigital Health Timesがとても参考になります。
https://dht.micin.jp/samd/samd12/

 当該イベントでは
1.Ampersand Health、2.Cirdan、3.Congenica、4.Interactive Pharma Solutions、5.Mirada、6.Pangaea、7.Smart Respiratory、8.Isansys の8つ(プレゼン順)のデジタルヘルス・スタートアップの紹介がありました。早速それぞれの会社を覗いてみましょう。

1.Ampersand Health
https://ampersandhealth.co.uk/

(概要※)
  Ampersand Health 社は、ロイヤル・ロンドン病院とキングス・カレッジ病院の医師と患者の共同研究から生まれた、デジタルセラピューティクスと遠隔モニタリングを行う企業です。同社の使命は、炎症性腸疾患、炎症性関節炎、炎症性皮膚炎などの炎症性疾患の患者さんに、持続的な寛解への道を示すことです。同社のプラットフォームは、臨床医にとって使いやすいリモートモニタリングプラットフォームと、患者の生活向上を目指す臨床医にとって第一選択肢となる、安全でシンプルな疾患別アプリのシリーズで構成されています。同社は、データ、行動科学、臨床の専門知識を用いて、パスウェイに柔軟性と透明性を導入し、フレアの影響を軽減し、痛み、疲労、抑うつなどの未治療の慢性症状に対処します。
 複数のケースコントロール(症例対照研究) による実世界での研究では、臨床的安全性を維持しながら、計画的なケアを 33%削減、計画外のケアを 89%削減し、患者の QOL を 34%向上させたことが実証されています。

※各社の概要は英国大使館から配布された資料より原文のまま引用

(内田コメント)
 このスタートアップは患者の疾病管理アプリを展開しています。炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎やクローン病)や関節炎といった、炎症性疾患用であり、ややニッチな領域といえます。元々いわゆる“治療するアプリ”は米国でWelldocの糖尿病アプリが2010年に初めてFDAに承認されたことで俄然注目されるようになりましたが、それから10年を経ても、臨床的に汎用される治療用アプリは決して多くありません。これらの患者管理アプリは、しかるべき臨床試験や治験を実施した上で治療上の効果をうたうために規制当局から承認をもらっている医療機器アプリから、単に患者が入力したデータを医師が確認する目的(直接的には治療に影響を及ぼさない)として使われ非医療機器として展開されるものに大別されます。前者は高額の開発費がかかるものの保険償還される可能性が高く、後者は市場には比較的容易に投入できるもののマネタイズをどうするのかが問題になるケースが多いようです。Ampersandのビジネスモデルも疾患領域的にユニークではあるものの、どのようにマネタイズしているのかが気になるところです。ニッチ過ぎれば利用者数が少なくて困るし、生活習慣病のようなcommon diseaseでは競争が激しくなる可能性があります。このアプリを使うことで、治療が効率化でき、結果的に総額の医療コストが削減できれば、医療費の支払側は助かるわけですが、そのデータを取得するのも、評価するのもそこまで簡単なことではないのが現状だと認識しています。

2.Cirdan
https://www.cirdan.com/

(概要)
  Cirdan 社は、主に病理学において患者の診断をサポートし、スピードアップする技術を専門としています。主な製品は、臨床検査室の業務をサポートし、効率化するLIS (Laboratory Information System)であるULTRAです。ULTRAは、最小限のユーザー入力で大量のデータを入力できるように設計されています。ULTRAは、迅速で正確なワークフローの必要性と、ラボのペーパーレス化に向けて進化してきました。また、乳がんの診断を迅速に行うための X 線システム「CoreLite」や、臨床検査室でのマクロイメージングに特化したデジタルシステム「Pathlite」などのイメージングプラットフォームを提供しています。また、病理医を育成するためのデジタル病理学教育プラットフォーム「Tutor」や、デジタルパソロジー技術における人工知能や機械学習をサポートするさまざまなソフトウェアソリューションやアルゴリズムも提供しています。

(内田コメント)
 一つ一つの製品がかゆいところに手が届く的なポジショニングで比較的ニッチな部分も含み、Dxだけでなく、テック系の商品も有するところがユニークという印象です。日本企業も、こうしたニッチなところを抑えるのが得意で、単独でこうした製品を持ち合わせるスタートアップはあるかもしれないと感じさせるような製品群だと感じました。
 病理診断の教育プログラムTutorはなかなか面白いですね。普通は画像診断AIまでですが、病理の画像診断AIは既に競争過多となりつるあるし、その中で一つ先を進んで教育に広げているように思います。
 一つ一つの製品を見るとマーケットサイズを見てもやや小粒な印象が否めません。日本ではこれらの製品の一つができて、それをもって、さて起業を!資金調達を!という話を聞くことがありますが、医療の役には立つ製品でも、あまり事業規模が大きくない製品単体の場合、その後にエグジットがどうなるかを考えた結果、投資がしにくいという投資家の目線もあります。Cirdanのようにいくつかの製品でポートフォリオを組むことで、ヘルスケアDxスタートアップとして、ぐっと魅力が高まっているように思います。

3.Congenica
https://www.congenica.com/

(概要)
 英国ケンブリッジに本社を置き、複雑なゲノムデータの解析と解釈をサポートするソフトウェアと、データソリューションの開発を通じて、臨床診断に革命をもたらしたグローバルなデジタルヘルスのリーディングカンパニーです。コンジェニカ社の一連のソフトウェアおよびデータソリューションは、臨床医や臨床科学者向けに設計・開発されており、全ゲノム、全エクソーム、ターゲットキャプチャー(遺伝子パネル)のDNAシーケンスデータを日常的に使用することで、希少疾患、出生前の健康、がん治療、疾患素因の検査における患者の診断、管理、治療をサポートします。画期的な技術を持つ同社は、2014年に世界的に有名なウェルカム・トラスト・サンガー研究所からスピンアウトしました。それ以来、英国における希少疾患診断の主要な臨床支援プラットフォームとしての地位を確立し、NHSイングランドのすべてのゲノムラボラトリー・ハブで使用されています。さらに、ゲノミクスイングランドの臨床解釈コンテストで優勝し、英国イングランドで、新しい国民健康保険サービスにおけるゲノム医療サービス(National Health Service (NHS) Genomic Medicine Service)の唯一の臨床意思決定支援ソフトウェアの提供者となりました。同社は現在、アジア太平洋市場に積極的に進出しており、日本での潜在的な顧客、パートナー、代理店を探しています。病院や医療機関、民間の診断ラボ、あるいはこれらの企業と日本で良好なネットワークをお持ちのパートナーの協業を期待致します。

(内田コメント)
 遺伝子情報に基づく個別化医療が未来の医療では今後はとても進展する可能性があると考えています。一つには、遺伝子情報がより多くわかるようになっていることが寄与しています。一方で、遺伝子情報はCongenicaの概要にも記載がありますが、とても複雑で、個人の遺伝子の異常がどんな疾患や転帰になるのかを的確に予想するのは案外困難なのです。複数因子がかかわっていると、結果を確率的に予想するような話になるのですが、その予想には的確なモデリング(統計学的手法)が必要となります。何より正確で豊富なデータが、あればあっただけ正確な予想ができます。逆にいえば、豊富で良質なデータをいち早く抑えれば、この分野ではスタートアップとしての競合優位性に直結するといえます。Congenicaはこの分野で先鞭をつけ、プラットフォーマーになろうとしているのでしょう。志向はとても素晴らしいと思います。

4. Interactive Pharma Solutions (IPS)
https://www.interactivepharma.com/

(概要)
 オックスフォードを拠点とするIPSチームには、グローバル開発、国際製薬、ライフサイエンスの分野で活躍するエキスパートが揃っています。25年以上の経験と、受賞歴のある革新的なソリューションの設計・開発・展開の実績により、同業他社や業界のリーダーから「クラス最高」の評価を得ています。IPSは、グローバル開発やヘルスケア分野の技術ソリューションを開発するための最新のアプローチを開拓してきました。IPSのスキルや専門知識と、現地の開発やアカウント・マネジメントのリソースを組み合わせることで、国際的な投資や助成金が、プロジェクトを立ち上げた国や人々に再投資されるようにしています。IPSは、このような優れた評判と現代的なアプローチに加えて、最も広範な国際商業ネットワークを確立しており、世界の30以上の主要な製薬会社、ライフサイエンス企業、グローバルヘルス企業、主要な慈善団体の出資者、国際開発機関、および世界中の多くの政府に直接アクセスすることができます。このユニークで他に類を見ないアクセスにより、私たちが開発するすべてのソリューションが商業的に利益をもたらし、経済的にサステイナブルであることができるのです。

(内田コメント)
 概要からは少しわかりにくいかもしれませんが、製薬メーカーに使ってもらうことを前提としているデジタルソリューションを提供しているスタートアップです。
  key opinion leader(KOL)になりうるグローバル医師達のコミュニティ(データベース)を持ち合わせ、製薬メーカーにそこからAIを用いた手法で的確に複数のKOLで構成されているアドバイザリーボード等を提供します。いわゆる患者管理アプリのプラットフォームも提供しており、各製薬メーカーがカスタマイズしてアプリを患者に手軽に提供できるようなサービスも提供しています。
 世界中の医師達と速やかにつながることができる。これもDxの利点を生かした素晴らしいサービスですね。病気の診断や治療のみならず、創薬の分野、あるいは製薬メーカーのビジネス効率化などにフォーカスしているユニークなスタートアップだと思います。

残り4社については、次回ブログでご紹介させていただきます。