皆様、新年明けましておめでとうございます。代表の内田です。良いお正月休みをお過ごしになられましたでしょうか。私は過去10年間米国に住みましたが、お正月は間違いなく日本が良いです。米国では、12月31日の夜にカウントダウンパーティをやり、シャンパンを飲んだりするのですが、1月1日は空いているお店も殆ど無く、街はひっそりと静まり返ります。そして1月2日からは何事もなかったかのような日常が始まります。日本の三が日を思うと、1月2日に大学院や仕事に行くのはとても悲しかったことを記憶しています。
もっとも、日本のお正月の雰囲気は米国では感謝祭のお休みに味わえます。七面鳥料理がいわばお節料理。各家庭で似ているけれどもオリジナルの味付けをしたりして、美味しい料理を味わいながら、家族が皆で集まります。
それでも私は日本のお正月!ですけれども。。。
さて、また新しい一年が始まりました。JOMDsが医療機器インキュベーターとして本格的に活動を開始して3年目の今年は、さらに多くの医療機器を世に出せるよう。しっかりと頑張ってまいりたいと思いますので、本年も何卒よろしくお願い致します。
今年最初のブログのテーマは「医療機器と日本」です。私の医療機器に対する思いと、この国を愛する気持ちを簡単にまとめてみました。
■医療機器産業における日本と世界
トヨタ自動車は世界一の自動車メーカーとなりました。自動車産業だけでなく、電子機器、半導体など、我国の技術産業は世界のトップレベルにあり、日本は疑いようもなく世界有数の科学技術大国です。一方、我国を戦後、世界最長寿国に至らしめた日本の医療レベルもやはり世界有数であると言えます。となれば、科学技術を医療に応用した医療機器産業でも日本が世界をリードしていて不思議はありません。にもかかわらず、実際はそうではないのです。第1回のブログに虞都も書きましたが、日本での医療機器貿易収支は、年間およそ7000億円もあります。つまり、日本で、医師たちが患者さんに良い医療を提供しようと思い、優れた医療機器を使用すればするほど、国民の税金が海外に流れていることになります。
もっとも、胃カメラや画像診断装置など、診断機器は輸入を輸出が上回っています。それはなぜでしょうか。治療機器は、診断機器に比べ医療機器が原因の有害事象(医療機器の不具合が原因で病気が悪化したり、別の病気になったりすること)の発現のリスクが増えるので、安全性重視を指向する我国の文化にそぐわなかったのだという見方があります。
では、このままでいいのでしょうか。多くの最新の医療機器が海外からスムーズに輸入されることが未来永劫続くのであれば、あまり問題はないかもしれません。しかし、今後、欧米の医療機器メーカーにとって、人口が減ってしまって市場サイズが小さくなった日本より、中国やインドに目を向け、日本には優先的に輸出しなくなってしまったらどうでしょう。あるいは、急に世界で呼吸が麻痺するような強いインフルエンザが流行した場合、人工呼吸器が世界で足りなくなったら、それでも日本に入ってくるのでしょうか。昨今、医療ツーリズムという言葉をよく耳にします。これは、世界最先端の医療体制を整え、外国から患者さんを日本に呼び込もうという取組みですが、日本に最新の医療機器が入ってこなくなってしまったら、今度は逆に日本から外国へ治療を求めて行かなくてはならないかもしれません。これでは「逆医療ツーリズム」ですね。したがって、日本で医療機器を中心とした医療イノベーションを活性化させることは、とても大切なのではないかと思うのです。
■医療機器開発において日本が足りないものとこれからの進め方
産業活性化にはヒト・カネ・モノが必要と言われますが、私は日本の医療機器産業はこのいずれもが足りないと感じています。臨床重視の日本の医学教育では医療機器開発に対する教育は殆どなされてこなかったため、医療従事者の中にあって医療イノベーションに対する関心は低いといえます。医療機器は医療と工学が結びつかないといけないのに、医学と工学の連携がうまく育まれてきませんでした。欧米ではバイオメディカルエンジニアリングという医学と工学の融合の学問が確立されていますが、日本ではそれが遅れています。そして、何より成功体験がないため、医療機器の目利きをできる人が少ないと思います。卵が先か、鶏が先かの話で言えば、今はどちらもない状態であり、要するに日本には医療機器開発の産業基盤や循環、いわゆるエコシステム(生態系)がないのです。
ではどうしたらいいのでしょうか。
かつて、日本の電子機器産業や自動車産業は、まず徹底的に世界を学ぼうとしました。海外製品をよく研究し、それを改良し、日本の強みに変えていったと思います。医療機器も海外に積極的に学ぶという姿勢がもう少しあってもいいと思います。今の日本には、技術立国として栄えた日本のプライドが邪魔をして、自分達でもどうにかできると思っている、そんな空気が漂っているようにも思います。
そう思って、日本とアメリカの医療機器開発の入口部分を比較してみると、日本は、「こんな技術があるから、これを何か医療機器に応用できないか」という視点ではじまり、アメリカは「こんな医療の必要性があるので、こういう医療機器が作りたいのだけど、誰かその技術を持っていないか」という視点で始まることが多いと思います。技術(シーズ)本位と必要性(ニーズ)本位の差です。確かに日本の優れた技術は医療機器に沢山応用できると思います。しかし、順番としては最初に必要性から迎えに行き、結果的に技術が必要となるというのが、医療機器大国アメリカの方法であり、日本も将来的にそうなることを目指すべきだと思います。
そして、実際に開発を進める際に必須なのは、医療機器開発全体を見通せる経験者の目利きです。医療の知識、工学の知識、これらがリンクしないと医療機器は作り込めません。加えて、医療機器開発のビジネスがわかっていないと、良いモノだと思っても、特許や、薬事承認でつまずいたり、開発費の調達ができなかったり、他の治療法との競合で負けてしまったり、結局は成功できません。今ある医療機器よりこんなに優れていると思っても、コストが倍になってしまったり、一部の医師しか使いたいと思わないようなものだったりでは医療機器として成り立たないのです。
医療機器の開発にはいくつかのフェーズがあり、それを一通りイメージできないと目利きができることにはなりません。つまり目利きの力をつけることは、医療上のインパクトがわかること。開発のプロセスに精通していること。薬事承認の障壁に理解があること。医療機器が完成して患者さんにどう使われるかまで、一連のプロセスがイメージできるという能力を備えることにあります。これらの能力を備えるには、それぞれのステップで必要とされる知識を積みあげ、実際に医療機器の開発に関与して経験を積むか、あるいはそれぞれのスキルを持った人達が上手にチームを作るかしかありません。こうしたスキルは成功体験から生まれる事が多く、医療機器の成功事例を少しずつでも確実に積み上げることが大事だと思います。
米国シリコンバレーは今でも世界の医療機器の半分以上がここで生まれると言われている程、医療機器開発のメッカです。ここでは元々医療機器を発明した人が起業し、事業を大きくさせる過程でそれに従事する人が集まり、その人達が今度は自分で起業するなどして、医療機器開発の裾野が広がっていきました。医療機器で成功した人が、次には資金提供者になり、ヒト・カネ・モノが回り始めると、それを求めてさらに人や医療機器のシーズが集まってきます。一旦このような好循環(エコシステム)が生まれると医療機器業界がますます活性化していきます。日本でも医療機器開発のエコシステムが必要だと思います。
■国民一人ひとりが考えるべきこと、できること
日本は、海外に比べ、医薬品や医療機器が承認されるためのハードルが高いと言われています。その要因に、審査体制が十分に整備されていないことなどが挙げられています。一方、そもそも審査体制や審査の基準は誰が決めるべきものなのでしょうか。日本人は最新の医療が早期に導入されることを望みながら、同時に万全の安全性も要求します。この二つは時間軸で考えれば相反することです。新しい治療では後になって不測の副作用や有害事象が発生することもありえるため、時間をかけてじっくり安全性を検証すれば、それだけ安全ですが、それでは最新の治療の導入に時間がかかります。理想的には、沢山のお金をかけて、有効性や安全性を評価するための臨床試験や治験を素早くたくさん実施し、同時に審査にも沢山のお金をかけて体制を充実させれば、最新の医療ができるだけ安全にそして速やかに導入可能となります。では、そのたくさんのお金はいったい誰が支払うのでしょうか。臨床試験や治験は開発する企業が払うとしても、結局はその費用は治療費に転嫁されます。審査体制や安全性管理を十分にすれば、最新の医療へのアクセスは早くなり、安全性も向上するかもしれませんが、これも無料では成し得ず、国民が負担することになるのです。
筆者は承認申請に対する姿勢について、オーストラリアとニュージーランドの違いを目にした時に、考え込んでしまったことがあります。同じオセアニアの国々なのに、オーストラリアは自国の審査制度を充実させているのに対し、ニュージーランドは欧州連合加盟国が共同で行っている承認制度、CEマークを取得すれば、特に自国での審査は行いません。ニュージーランドの言い分はこうです。「自分達のような小国が審査体制にお金をかけるのは効率が悪い、せっかく欧州がCEマークを出してくれるのだから、欧州の人々が受け入れているリスクを自分達も受容さえすれば、審査のお金は他の目的のために利用できる。」
筆者は、ここで、オーストラリアとニュージーランドのどちらがいいのかすぐには答えは出せません。ただ、一つ言えるのは、日本人はこういう問題に国民のレベルできちんと向き合っているのだろうかということです。経済が右肩上がりで、沢山お金を持っている国ならば、最新医療の早期導入のために沢山お金をかけることができるでしょう。しかし、国家の財政が破綻しかけている今、日本はどれ位医療にお金をかけたいのか、そしてどれ位リスクが取れるのか。そういうことを国民レベルできちんと考えなくてはいけないのではないかと思います。
■おわりに
かつて、モノづくりを中心に世界第二位の経済大国になった日本は、かつての輝きを取り戻せるのでしょうか。医療機器は、一品目あたりの市場規模があまり大きくないものが多い上、開発サイクルが短く、品目も多岐に渡るため、ベンチャー企業や、中小企業でも開発に取り組みやすいといえます。世界が益々高齢化社会を向かえ、医療はまだまだ成長する産業分野としても注目されています。我国の科学技術、品質管理能力、そしてモノづくりの巧みさ、これらを勘案すれば、もっと世界をリードする医療機器大国になっても良いでしょう。経済が停滞し国家財政が行きづまり、医療費抑制が叫ばれる中、医療機器産業が外貨を獲得することで、結果的に医療費・社会保障費を増やせるのであれば、これは素晴らしいことです。農作物の自給不足が常に問題になっていますが、医薬品や医療機器も全て輸入に頼るようなことになれば、それは国家が抱えるきわめて重要な安全保障・外交上の問題にもなりかねません。
医療機器産業の活性化のためには、先行している海外に積極的に学ぶことも必要でしょう。医療機器イノベーションへの関心を高め、成功体験を重ね、目利き可能な人材を増加させ、新たな投資を呼び込む。それが、医療機器開発の好循環、エコシステムの構築につながると考えます。
同時に、最新の医療を国民としてどう享受するか。そこには医療に対する個人の負担とリスクに対する考え方も大きく影響するのだということを、一人一人がしっかりと認識する必要があると思います。
10年海外で暮らし、日本という国の奥ゆかしさや平和的な国民性、情緒というようなものが私は大好きです。この国に生まれて良かったと心から思えることの幸せを噛み締めながら、同時に次世代の子供達にも同じ気持ちを持ってもらうことが今の私達の使命であると感じています。医療機器開発を通じて、愛するこの国に少しでも貢献できれば何よりです。そして優れた医療機器を沢山生み出すことは、世界の人々の役にも立つのだと思い、自分を奮い立たせて今年も頑張りたいと思います。
2015年が皆様に取って素晴らしい一年になりますように。
※本ブログの内容は2013年に雑誌ビオフィリアに内田が寄稿した内容から一部引用し、編集したものを含んでおります。